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CATEGORY[日記]
2011年04月22日11:16
 1970年代に一世を風靡(ふうび)した人気アイドルグループ「キャンディーズ」の元メンバーで女優の田中好子(本名・小達好子)さんが21日、乳がんのため、都内の病院で亡くなった。55歳だった。92年に発症し、昨年10月から体調を崩して入院していたが、この日、午後7時4分に息を引き取った。「スーちゃん」の愛称で親しまれ、78年の解散後は女優として活躍。1989年には主演映画「黒い雨」で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞、報知映画賞主演女優賞を受賞するなど演技派として幅広く活躍した。

 午後10時半から都内の病院で会見した夫の小達一雄さん(56)=夏目雅子ひまわり基金代表=は涙を見せず、気丈に妻の最期を語った。

 田中さんは1992年に乳がんを発症、手術で左乳房の腫瘍を切除した。小達さんの妹で女優の故・夏目雅子さんが白血病で亡くなっていたため、年に3、4回は定期健診を受けており、転移した右乳房の腫瘍も切除するなど再発を繰り返したが、命に別条はなかった。

 ところが昨年10月。十二指腸から出血があり入院。今年2月、肺や肝臓にがんが転移していることが分かった。「転移していることは本人は知っていた。非常に強かったです。切に望んでいたのは、女優を続けたいということ。女優の仕事が大好きだった」と小達さん。この時期、いったんは家に戻り、2週間、自宅で過ごすこともできた。

 体調が急変したのはこの日の朝。「おはよう」と夫が声を掛けても返事がなかった。最期は家族にみとられながら息を引き取ったという。妻との最後の会話について、小達さんは「もう少し(心に)しまっておきます。本人は根治できると実証してきたので、すまないという気持ちを持っているのではないでしょうか」と唇をかんだ。

 田中さんは1969年、スクールメイツのメンバーに選抜され、芸能界への道を歩み始めた。72年、NHK「歌謡グランドショー」のマスコットガールのオーディションに伊藤蘭(56)、藤村美樹(55)と合格。「キャンディーズ」を結成した。TBS系の人気番組「8時だョ!全員集合」などに出演し、73年9月、満を持して「あなたに夢中」でレコードデビュー。「年下の男の子」、「微笑がえし」などヒット曲を連発。バラエティー番組でも愛嬌(あいきょう)のあるコントを披露し、幅広い世代から人気を集めた。

 絶頂期の77年7月17日、日比谷野外音楽堂でのコンサートの最後に突然、「普通の女の子に戻りたい」と解散を宣言。翌年4月4日、後楽園球場に5万5000人を集めて解散コンサートを行い、「本当に私たちは幸せでした」の名文句を残し、グループとして終止符を打った。この日、旧友の訃報を知らされた「ランちゃん」こと伊藤は、ひどくショックを受けたという。

 田中さんはいったん芸能界を引退したが、病気で入院した実弟が姉の活躍を期待する声を聞いて復帰を考え始めたという。また、萩本欽一の著書「欽ちゃんのつんのめり」を読み、本人とも会って女優を目指すことを決意。80年7月、テレ朝系「欽ちゃんのどこまでやるの!?」で正式復帰した。広島への原爆投下に翻弄される人間模様を描いた井伏鱒二原作の映画「黒い雨」(今村昌平監督)で主人公・高丸矢須子を演じ、各映画賞で主演女優賞を獲得。また、日本テレビ系のドラマ「家なき子」(94年)で安達祐実、NHK連続テレビ小説「ちゅらさん」(01年)では国仲涼子の母親役で好評を得た。

 プライベートでは91年に小達さんと結婚した。通夜は24日、告別式は25日で時間と場所は未定。喪主は夫が務める。



[スポーツ報知ニュース]より




 残念ですね。闘病していただけに早過ぎる死とは言えないかもしれませんが、アイドルから実力派の女優へと順調に活躍されていただけに惜しまれます。健康には十分注意を払っていたでしょうに、乳がんの恐ろしさを女性は改めて再認識させられましたね。
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Rg
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